子生まれ石

静岡市から西に向かって金谷を越え、牧の原台地へここは粟ケ岳を中心とする聖地が広がっている。
富士山静岡空港が近くにあるこの一帯を下っていく。
なぜこのような特殊な地形が広がっているのか長年の疑問だったが、東海地震と関連があるようで、このような地形は日本列島を縦断するように南下していると聞く。
東名高速道路を牧の原インターチェンジで降りるとこの大地を下っていく。

新しいバイパスが出来ていて、10分ほどで子生まれ石の里につく。
この「子生まれ石」マユ型をした石で、砂岩の崖から数十年ごとにポロリと生まれてくることから「子生まれ石」と呼ばれている。
なぜ生まれてくるのか、どんな理由で眉型になるのかは、今だ不明であるが、今度詳しく調べてみたい。
実はこの石には不思議な言い伝えがある。この村の近くに「大興寺」という寺があった。

歴代住職の墓この寺では歴代の住職が亡くなると、この「子生まれ石」を墓石としていた。いや、そうではない。この「子生まれ石」が崖から生まれると、住職の寿命が尽きてしまうと言われていたのだ。いずれにしてもこの石を村人が運んできては墓石としていた。
今にも生まれそうな石ある住職が、毎日のようにこの「子生まれ石」を眺めていたが、自分の石と思われるものが、今にも崖から生まれてきそうだった。住職は毎日この石を眺めてはため息をついていたが、ある日のこと寺にいた小僧が、「和尚さん、あの石。たいそう立派ですね。」といった。そこで和尚さんは小僧に「そんなに立派なら、あの石はお前にやろう。」そう言った。喜んだ小僧であったが、ついに崖から石が転げ落ち、小僧も間もなく亡くなってしまった。とんでもないことをしてしまったと後悔したが、後の祭りであった。

今にも生まれそうな石大興寺は今から600年ほど前に大徹禅師によって開かれた寺である。大徹禅師は92歳と高齢で、多くの弟子に見守られて往生した。その際、「わしの身代わりとして裏山から石が生まれるであろう」そう言い残してこの世を去った。事実、直後裏山の河原の崖から眉型の石がごろりと生まれてきた。弟子たちはこの石を和尚の身代わりとして墓石にしたそうだ。それ以来、29代にわたって住職の墓石になっている。その形は住職の徳望いかんで、形を変えたと言われている。事実、大興寺の住職の墓を訪ねると大小さまざまな「子生まれ石」が墓石となり、まつられている。墓石の大きさは60~80センチくらいの眉型で、100㎏前後の重さがるそうだが、歴代の住職が長生きだったため、「長寿の石」として、また崖から生まれることから、「安産の石」として信仰を集めている。それにしても不思議な石である。
「子生まれ石」が生まれてくる川沿いの崖は、今は案内看板がしっかりとあり、駐車場もあり整備されている。近くには「子生まれ温泉」もあり町おこしに一役かっているようだ。
元気で丈夫な子供を授かりたい方は、ぜひ見学しながら、温泉も訪ねてみるのもいいだろう。


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